村櫛町紹介

村櫛の歴史6

村越伝説と 角避比(つのさくひ) () 神社伝承について

 村が地震・津波により越してきたという村越伝説が残る村櫛。浜名湖周辺は数多くの地震・津波、台風による高潮などの自然災害に見舞われてきた。(別表1浜名湖周辺の自然災害年表)豊かだったと思われる郷土も度重なる災害により、耕地が狭く、半農・半漁の貧しい村で明治期を迎えた。伝承・記録に残る災害資料などから村櫛の二つの伝説・伝承を振り返る。
 一つは「村越伝説」である。静岡県史には、この頃浜名湖を襲った津波・高潮として、応永13年(1406年)、明応7年(1498年)、永正7年(1510年)の3件の記載がある。
 浜松博物館情報第7号(注1)には、村櫛村が寛文4年(1664年)10月6日付で、「御奉行所様」にあてに差し出した「返答書(浜名湖の 藻草(もぐさ) の権利を主張した文書控え)」の記述のなかに、「申し伝えによれば、村櫛村は、今切が切れるより以前には、現在海中に沈んでいる村瀬というところにあったが、応永13年8月24日の地震により今切が決壊したので、西北の嶋崎というところに移ってきた、といわれている。この伝承が応永の地震から250年後の記録としてある程度は事実を反映した記述であると考えられる」と書かれている。
また、「浜名郡誌」(注2)には、八柱神社(明治以前は八王子社と呼ばれていた)が大津波により流されたとの記録も残る。
 2件目は、明応7年8月25日地震による津波で遠江国の神社・仏閣、民家等に多くの被害が出た。さらに翌年6月10日、台風による高潮の被害により、『遠江国橋本(新居町)』で甚雨大風との記載がある。浜名湖に今切が出来た時期としては、明応7年の地震による地盤沈下と津波による浸食により、浜名湖口が開いたと言われている。
 3件目は、永正7年8月27日、浜名湖口に台風による高潮で、新居付近の『 日ヶ崎(ひがさき) (むら) 』全村が流失したので村櫛に移住したと言うものである。
 次は、 角避比(つのさくひ) () 神社についての伝承である。浜名湖は今切口が出来る500年位前までは、浜名川より外海に通じていた。角避比古神社は新居町橋本の浜名川付近にあったと言われている。文徳実録(注3)によれば、「この神社は、嘉祥3年(850年)に官社に列せられ、浜名湖の湖口が塞がれば水害があり開けば豊年なので、その水門を司って湖岸の人々を守護される神である」と記されている。
しかし、この神社が明応7年(1498年)の地震、津波により壊されてしまい、村櫛、細江、古人見の3箇所に神社の一部やご神体が流れついたというものである。
 村櫛の西海岸の 浜井場(はまいば) というところの大松の根方に、神社の一部と幟旗が流れつき、村の八王子社に祀られたことが村の言い伝えとして残っている。今も神社の祭礼の際には、御旅所に「 都廼佐玖彦(つのさくひこ) 神社(じんじゃ) 」と書かれた幟が立てられる。
 また、流れついた近くの神浜というところには、耕地の「地の神様」として小祠のなかに角避比古神が祀られており、毎年海開きの日には神事が行われている。
 次に、細江町の細江神社の神社誌には、「ご神体と 御福面(おふくめん) 」が村櫛から細江町伊目の十三本松に漂着。さらに12年後の永正七年(1510年)の地震・津波により、細江町気賀の赤池に漂着したので、社を建て気賀の里の氏神「 牛頭(ごず) 天王(てんのう) (しゃ) 」としてお祀りをしてきた旨が記されている。
 もう1箇所は、古人見村(古人見町)の 古橋(ふるはし) 七兵衛(しちべい) 家の西側の岬に、ご神体(宮船)と住民が流れついたと言われており、漂着地点には小祠が建てられている。
 角避比古神社があった場所ついては、新居町の土地宝典に「角避」・「 神田(じんでん) 」の字名が残こされているのでその付近にあったと思われる。古人見町にある
(わか) 御子(みこ) 神社は、昭和27年、宮司・氏子総代の申請書に口碑で伝えられていることや、古橋家の文書をもとにした調書を添えて神社庁に提出した結果、「角避比古神」の合肥が認められた。
 いずれも伝説や伝承として残っているものでばかりで、はっきり年代を確定することは難しい。15世紀から16世紀にかけての100年間位は自然災害が続いた時期である。地震などで住むところを奪われた村人たちはやっとの思いで近くの安全なところに逃れることができた。先に住んでいた人々は貧しいながらも温かく迎え、共に力を合わせ困難な時代を生き抜いてきた力強さを感じる。

(別表1)浜名湖周辺の自然災害年表
月日 事項
神亀3
(726)
12月24日 ・遠江国五郡、水害にあう。
「続日本史」
天平12
(740)
・浜名郡新居郷、津築郷など風(塩害)被害。
「遠江国浜名郡輪祖帳」
嘉祥3
(850)
8月3日 ・浜名湖口の開通を祈るため、角避比古神を官社とする。
「日本文徳天皇実録」
応永13
(1406)
8月24日 ・暴風雨・高潮により、日箇崎で今切れが生じた。村櫛村が移転。
「利生院縁起」「庄内町自治会文書」
明応7
(1498)
7月14・15日 ・暴風雨・洪水・高潮等により、遠江国の民家・田地・塩竈に多くの被害出る。
8月8・9日 ・暴風雨により、遠江国の神社・仏閣・民家等に被害多く出る。
8月25日 ・明応地震。遠江国で地割れ・崖崩れ・津波とうのため大被害が出る。
「円通松堂禅師語録」
明応8
(1499)
6月10日 ・遠江国橋本(新居町)甚雨大風。
「編年小史」「東海道名所図絵」
永正7
(1510)
8月27日 ・高潮のため今切が崩れ、死者多数。
「足利季世記」「重編応仁記」「皇年代略記」
天正6
(1578)
8月28日 ・遠江国に暴風雨「武徳編年集成」
10月28日 ・遠江国で地震あり、余震が続く「家忠日記」
慶長9
(1604)
12月16日 ・東海・南海・西海道に大地震・津波被害。舞坂高波打上げ
※静岡県史、別編2 自然災害誌から抜粋

(注1) 浜松市立博物館報、1992年10月15日発行・庄内町自治会文書「1406年(応永13年)の地震と村櫛村」について
(注2) 浜名郡誌、静岡県浜名郡誌(復刻板)1998年4月15日発行
(注3) 文徳実録、日本文徳天皇実録で文徳天皇の代(850〜858年)の事跡を記した記録。